<はじめに>
あらゆる事業において、その根底を支えるのは資金です。事業による収益を除けば、会社が運転資金を獲得するためには、融資を受けたり、株式を発行して投資家から調達する必要があります。
しかし、会社として歴史の浅いベンチャー企業には、そうしたファイナンスのノウハウが足りていないことが多々あります。そこで今回は、より高い確度で資金を調達するための提案方法について解説します。
全体的なルール
投資提案資料に限らず、あらゆる提案資料づくりにおいて、一定のルールを徹底して守ることは、とても大事なポイントになります。これは、資料やプレゼンおける僅かな違和感が、大幅にその説得力を損なわせるからです。
早速、最初に決めておくべき事項について説明します。
①果たす目的
◆情報や伝えたいことを単にまとめるだけではなく、最終的に相手にどんな行動をとって欲しいのか、そのためにどんな状態にするべきかを明確にしましょう。
投資提案資料であれば以下の形で、より具体的することが望ましいです。
⑴どんな人に(例:シード系ベンチャーキャピタリストに)、
⑵どれくらいの金額を(例:1500〜3000万円くらいを)、
⑶どのような条件で(例:株式の10%を)、
⑷いつまでに(例:3ヶ月後までに)
◆次に、「相手に行動をしてもらうために、何を理解してもらうべきか」を定義します。「ゴールを達成するために、理解してもらう上で重要なことをリストアップする」ことが重要です。
◆最後に、「ゴールを達成するために、相手をどのような心理状況にするか」を考えましょう。ここで重要なのは相手に望ましいアクションを取らせるストーリー展開になっているかを確認する必要があります。
②プロファイリング
目的を設定した後は、相手の理解度や期待値を把握する「プロファイリング」を行います。人物像や保有している情報・理解度、こちらに対して持っている期待値を基に行います。そしてそれらをベースに仮説を設定します。
例えば、以下のようなレベル感で捉える必要があります。
・人物像:(例)シードを中心に投資するベンチャーキャピタリスト。VC内では裁量権を持つ。VC自体も先月、大きなエグジットを経たので、予算は潤沢であると仮定。
・保有している情報、理解度:(例)フィンテックに関しては投資経験があり、特にブロックチェーン技術に関しては非常に詳しい。前職は外資系投資銀行であり、定量目的など数値にはうるさい。
・提案サイドに対して持っている期待値:(例)積極的に相談に乗ってくれるが、数ある案件の中の一つ、程度の期待値。ある程度、エッジの効いた提案が必要。
③目次・見出し(スライドの展開)
論理の展開を書き出してみて、一連のストーリーを構成します。投資提案における具体的な展開は下記の「スライド別の解説」にて説明します。
④その他、フォーマット
⑴テーマカラー
テーマカラーは会社やプロジェクト、事業のロゴカラーに近づけるといいでしょう。またテーマカラーを「ブルー」と決めたら、ブルー系のトーンに統一することで「散らからない」資料を作ることができます。
⑵フォント種類
フォントは好みによりますが、筆者のオススメは「MS P明朝」「メイリオUI」などです。また、フォントは一度決めたら全てそれで統一するべきでしょう。また文字のサイズは紙ベースで渡すなら文字は最低で12ptくらいに、プロジェクターを用いて提案するなら14〜16ptしておくのが望ましいでしょう。
⑶強調ルール
多用すると資料がうるさくなってしまうので、できるだけ最小限にすることをオススメします。太字や下線、赤字表示などが一般的です。
⑤メッセージのインパクトをより強くするために(SUCCES)
①単純明快:Simple
スライド別の解説
会社概要を説明する
まずは会社の概要を示し、全体像を説明します。投資提案を受ける側としては投資先に関する情報を漏れなく知りたいと考えます。「自己紹介」として、まずは会社に関するファクトを整理し、提示するべきでしょう。
基本的な項目としては①社名(会社の正式名称)、②設立年月、③資本金(これは必ずしも書かなくてもOKです)、④従業員数(こちらも書かなくてはならない内容ではありません)、⑤本社所在地、⑥事業内容(すでに一定の事業実績がある場合には実績も併せて記載しても良いでしょう)、その他、提携先(大手企業との取引実績があれば、その旨を記載してもよいでしょう)やHPのリンクなどが挙げられます。
事業の背景、市場分析を伝える
1グラフ、1メッセージで伝えます。ただし、”1メッセージ”は無理に1文で済ませる必要はありません。
市場の成長性は「事業を取り組む背景」として書きやすく、説得力もあるので特に重要です。ただ、市場の成長性を伝えるだけではなく、その中から一定のインサイト(だからどうするべきと考えているのか等)を伝えることで、メッセージ性を強めることができます。
グラフを使う場合は、金額の単位をつけること、千桁以上の値にはカンマ(3桁区切り)を行うこと、(たまに見かけますが)年次を飛ばさないことに気をつけましょう。なお、こうしたグラフの作り方としては一旦、エクセルなど表計算ソフトを用いて作成してから、転記することをお勧めします。
事業概要
次は事業概要の説明です。実質的なエグゼクティブサマリーを作るイメージで取り組むといいでしょう。基本的にヒト・モノ・カネ・情報などのリソースがどのように移動し、誰にどのような価値が誰にもたらされるかが重要になります。
また、資料全体を通して、以下の項目に応える内容にするべきです。
「Why this(なぜ、この事業に取り組んでいるのか)」
市場動向などの事業背景、サービス(商品)の先進性・革新性に触れた上で、「なぜ、それはビジネス的に面白いのか」に応える解を用意しましょう。
「Why me(なぜ、我々がこの事業に取り組むべきなのか)」
取り組む側の強み(専門性や実績など)に触れた上で、競合との比較優位性を強調するべきでしょう。もしくは創業者の想いや原体験に基づく熱意なども創業ストーリーと結びつけることで、説得力を強めることができます。
「Why now(なぜ、この事業に今取り組むべきなのか)」
基本的には市場の成長性と先進性を強調するのが王道です。
競合分析
これは“to C”ビジネスモデルであれば、特に重要です。というのも、“to C”ビジネスは特に、わずかな商品設計(UI、UXなど)、ブランド性、サポート体制の違いなどでユーザーの人気が大きく揺らいでしまうこともあり、競合他社への洞察が常に求められるからです。
“to B”ビジネスモデルの場合は、サービスのクオリティや価格設定などに関して、負のガラパゴス化しないように競合のチェックも重要ですが、それよりも法人営業力や個別のクライアント満足度など、「相対でのパワーバランス」が求められるので、必ずしも下記のような比較は必要としません。
また投資の確度を上げるという点では、競合の能力比較を通して、マーケット分析をしっかり示すことで、市場分析をしっかり行なっていると、アピールすることもできます。
展開計画
「KPI」と「期限」を端的かつ具体的に記載することで、説得力のある資料を作成することができるでしょう。
事業計画、投資提案
展開計画をより定量的に示す資料として、事業計画を示す必要があります。事業を複数展開する場合には、事業ごとの売上高と営業利益を示すとスタンダードです。営業外利益、損失以下を示すとかえって煩雑に見えてしまうこともあり、資料に示す場合は注意が必要です。なお、企業成長に関する仮説を示す必要があるでしょう。取り組む産業分野が成長中であれば、そのうち一定のシェアを確保することで安定的な成長を見込めると、伝えることもできるでしょう。
併せて、投資提案を行います。まず、現在の想定価値を明示した上で、調達希望額とその条件(何%の株式を交付するかなど)を示します。
企業価値算定に関しては以下の記事をご参照ください。
https://financewalker.jp/finance10130/
Appendix:投資契約を行う上でのチェックリスト
ベンチャーキャピタルと投資契約を行う上では、経営側にとってリスクの高い契約項目が含まれることが多々あります。こうした条項を見逃して投資契約を結んでしまうことで、後々に会社が望ましくないタイミングで創業者等が望まないM&AやIPOを要求されたり、調達した資金を剥がされてしまうリスクもあります。
こうした事態を回避するためにも、一般的にどのような契約条項があるのかを事前に把握しておきましょう。なお、以下の条項は一般例として挙げますが、契約締結に際しては、会社の状況や経営者の志向に照らして、一つ一つ入念にチェックを行うべきです。
会社、代表取締役による表明保証 | 契約締結時において、提出書面が正しいことや反社会的勢力との関係がないこと、創業者が過去に法令違反をしていないこと、その他当該VCが認識していない重大な事実がないこと等を表明保証する。 |
その他、前提条件 | 投資契約の締結後から資金の払込みまでの間に、後発で重大な事象が生じていないこと、取締役会議事録、株主総会議事録など一定の書面の提出を払込の条件とする。 |
代表取締役の自主退任不可 | 代表取締役が自ら退任することは許されず、これを行なった場合は重大な契約違反となる。 |
役員の選任 |
取締役の指名権を当該VCに委ねる。 |
取締役退任後の競合避止 | 取締役を退任した後、一定期間は同業事業を開始したり、参加することを禁ずる。 |
取締役退任後の持分返還 | 取締役を退任する場合は、当該取締役は保有していた持分を会社側に全て返還しなくてはならない。 |
通知義務 |
事業に関して、重要な内容は当該VCに報告し、その承諾を得てから取り組まなくてはならない。また重大な事由が発生した場合には当該VCに速やかに報告しなくてはならない。 |
VCの検査権限 | 当該VCは定期的に検査を行い、投資先企業が適切に事業を運営しているかをモニタリングする。 |
公開予定時期の表明 | IPOを行う場合は、その公開予定時期を表明する。 |
希薄化防止条項 | 投資後の増資のたびに、当該VCが自らの持分%を維持できるよう、増資の一部引受権を有する。 |
VC持分の買い戻し請求 | 会社が表明保証の内容に違反した場合や表明した期日までに株式を公開できない場合、会社は当該VCが保有する株式を買い戻す。 |
取締役の派遣、オブザーバーの派遣 | 一定の持分を持つ場合、取締役やオブザーバーを派遣する。 |
経営陣持分売却の不可 | 会社が上場する前に、経営陣が保有する株式を売り抜けることを禁ずる。 |
優先買取権 | 他の株主が株式を売却する時に、当該VCは優先的にその株式を購入することができる。 |
譲渡参加権 | 他の株主が株式を売却する時に、当該VCも同じタイミングで株式の売却に参加することができる。 |
最恵待遇 | 将来の投資契約に今回の契約よりも有利な事項が定められた場合には、当該契約にもその事項が適用される。
※なお、最恵待遇であっても株式の内容は変わりません。 |