IRとは何か
ここでのIRとはInvestor Relations(投資家との関係構築)、つまり企業が株主や投資家向けに経営状態や財務状況、業績の実績・今後の見通しなどを広報するための活動に関する内容を指しています。そして今日、IRを担当する部署の役割が高まっています。重要な企業情報を自ら進んで適時に開示することは、自社の適切な株価の形成にとっても重要なことです。
株主や投資家は損失リスクを背負って投資します。投資判断に必要な自社情報を開示することは企業の説明責任として必須となります。IRは企業が資本市場で正当な評価を得るために欠かせません。また、決算業績が振るわないときも、好調なときも、ポジティブな情報もネガティブな情報も継続して市場に情報を発信しなければなりません。
一般の消費者を対象として自社イメージや商品の周知、販売を目的とする宣伝活動にはネガティブ情報はまず見られません。これはIRと大きく違う点です。IRは法的·規制上の情報開示はもちろん、経営情報の透明性を求める市場の要求に応える役割を引き受けているのです。
IRの始まり
IRの歴史は1953年頃にさかのぼります。当時は第2次世界大戦が終わり、個人の投資マネーが株式市場に大きく流れ込んだ時代で、米国の主要企業は急増する個人株主とどのようなコミュニーケーションをするのかという課題に直面していました。
発明王エジソンが創業したGEの会長で最高経営責任者(CEO)のラルフ·コーディナーが広報部に、いかにして投資家ともっと優れたコミユニケーシヨンを図ればよいか検討するよう指示したのが始まりだとされています。このとき、彼の頭には個人株主のこともあったに違いありません。
というのも、当時ウォールストリートの銀行や大株主には、財務部を中心に日頃から事業の展開や決算について報告していたのですが、個人の株主に対するコミュニーケーションはまったくといっていいほどなかったからです。
コーディナーの指示を受けた広報部は「誰が株主か」「どんなことを株主は求めているのか」「株主とベストの対話を行う方法」、「株主が経営と対話する方法」などの調査を行いました。
この調査はコーディナーから高い評価を受け、広報部にIRの部署が設置されました。これがIRの出発点となったわけです。IRは今までになかった新たな仕事で、そもそも何がIRの仕事なのか、それを認知してもらうことも重要な活動でした。
1970年代から各社にIR専門部署が設置され、株主はもちろん投資家やアナリストなどを相手にするIR活動が定着していきます。1969年には各社のIR担当者やIR支援のコンサルタントなどを会員とする全米IR協会(NIRI)が設立されました。NIRIはNPO(非営利団体)で、米証券取引委員会(SEC)や証券取引所、アナリスト協会(CFA)などに対して積極的に発言してきました。現在、会員数は3,300人を超え、米国はもちろん市場関係者から大きな評価を獲得しています。
変わるIRの定義
IRを論じるとき、全米IR協会(NIRI)による「IRの定義」が出発点になります。というのも、NIRIが語るIRは、米国に限らず企業のIR担当者をはじめ証券アナリストや投資家など市場関係者の拠りどころであるからです。
1989年、全米IR協会(NIRI)は初めてIRを次のように定義しました。
「IRは企業の財務機能とコミュニーケーション機能とを結合して行われる戦略的かつ全社的なマーケティング活動であり、投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するものである。そしてその活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つことになる」
ここでIRとは、投資家を中心とする企業の利害関係者との関係構築のためのコーポレート·コミュニーケーションであり、企業の戦略的な証券マーケテイングの活動であると位置付けられています。そしてIRは「究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ」活動として各社に広く受け入れられていきます。
その後、「IRの定義」は2回にわたって大きく変更されました。それには2000年に施行された米証券取引委員会(SEC)による公平開示規則(Reg.FD)と2001年に発覚した米エネルギー大手エンロンによる不正会計が格んでいます。
2001年9月の主な変更は3つです。第1は「戦略的かつ全社的なマーケティング活動」とされていたIRが「戦略的な経営責務」になり、第2に企業情報の発信先が、それまでの「投資家」から「財務面を中心とした支援者」ヘと、対象の範囲が広まりました。
また、発信内容もそれまでの「企業の業績やその将来性に関する正確な姿」といった具体的な記述から一般的な「企業情報」となりました。第3に「その活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ」との記述が消え、代わりに「企業の相対的価値を最大化化することを最終目標とする」となりました。
この変更が発表された翌月、全米7位のエネルギー大手エンロンにSECが会計問題で調査に入り、12月に入るとエンロンは破綻します。
翌年の2002年1月には通信大手グローバル·クロッシングの会計疑惑が発覚。これにワールドコムやタイコ·インターナショナルなど大手企業の会計疑惑も続きました。こうして投資家の経営不信、企業情報に対する不信はー気に高まったのです。
企業情報を市場に発信するIR担当者の立場は深刻でした。というのも自社の不正会計を社外の市場に発表してきたのはIR担当者だったからです。IRに関連する業務を職業とする人たちのNPO(非営利団体)としてNIRIは往来の倫理規定を見直し、4月に「IRプロフェッショナルが遵守する厳しい倫理綱領」(MRI倫理規定)を採択し、一人ひとりの会員に「個人としてのコミットメント」を証明するサインを求めました。
このころ、NIRIは「SECに届け出るすべての開示書類に最高経営者がサインする」という提案も行いました。この提案は「多くの投資家からは歓迎されても、実行するCEOは少ないだろうという見方が多いなか、7月に連邦総会が承認し、直ちに施行されたサーベンスオクスレー法(企業改革法)に盛り込まれていました。
こうした事態をうけ、2003年3月、NIRIは再度「IRの定義」を次のように変更しまた。「IRは、財務機能、コミュニーケーション機能、マーケティング機能、および証券法に関するコンプライアンス機能を統合し、企業と金融業界や関係者との最も効果的な双方向コミュニーケーションを可能にする、戦略的な経営責務である。そしてその活動は、究極的には企業の有価証券に関する公正な評価の実現に寄与する」
この新しい「IRの定義」が、この間のIRを取り巻くきびしい環境変化をそのまま反映しています。しかし、IRが「戦略的な経営責務である」ことに変わりはありません。この新しいIRの定義での主たる変更点は3つです。
第1は、2001年9月に「企業の相対的価値を極大化することを最終目標とする」とあったIRの効用は、「企業の証券が公正な企業評価を受けることを最終目標とする」に変更されました。
第2は情報発信の対象です。最初の「投資家」が次に「財務面を中心に支援者に対して」となりましたが、今回、これが「企業と金融コミュニティやその他のステークホルダ一」となりました。しかもこれは、企業との「最も効果的な双方向コミュニーケーションを実現するため」と記載されています。
第3は機能についてです。前回の「企業の財務機能、コミュニーケーション機能、およびマーケティング機能を活用する」という記述に「証券関係法の下でのコンプライアンス活動」が加わりました。
2003年の改定について、NIRIのトンプソン理事長(当時)が語っています。「とくに強調したいのは、IRは、究極的には企業が発行する有価証券が「フェアバリュー」(公正な価値)を達成することに寄与するという点です」。この3度目のIRの定義で、米国を中心に広がったIR活動についての議論は収まりました。
ところで、英国IR協会(IRS)はこの10年、こうしたNIRIの定義からー歩進んで、「ベストプラクテイスIR」を訴えています。2015年6月に北欧IR協会で行ったプレゼンでは次のように語っています。
「ベストプラクテイスIRは、株主·潜在投資家が企業の株式の公正価値についていつでも正しい情報を得られた上で判断できるような環境を用意する」、そして「この定義は、現在の株価を最大化する責任とは結び付くものではありません」と。
英国IR協会は、「大事なポイントは、企業と投資家の関係を発展・維持するために長期にわたる定期的でー貫したエンゲージメント(投資家との対話)のプロセスがあることだ」といい、「IRの目的は、決して失いたくない株主を引き付けることだ」と言っています。「正しいアプローチは顧客や消費者に向けた数々の成果から持続可能な成長を追求することです」というメッセージも発信しています。
いかがでしたでしょうか。コーポレートガバナンスに対する社会的な注目も高まる中で、上場企業に限らず、ベンチャーを含む非上場企業でもIRやSRの考え方は広がっており、特に株主総会の実務は非常に重要な役割を担っています。
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