<はじめに>スタートアップ、ベンチャー企業こそM&Aを理解するべき
近年、大手企業によるベンチャー企業の買収が増えています。2017年にDMM社がCASHを運営するBANK社を70億円で買収を行なった案件や、KDDI社がIoTプラットフォームのソラコムを200億円で買収を行なった案件などは大きな話題となりました。
「会社を買収される」というと、どこか「大手企業に屈した」「IPOの夢を諦めた」ような語感で語られることもありますが、それは単なるイメージが先行したものであり、正しい理解がされているとはいえません。
M&Aを受けることにより、それまで取引できなかったような大手企業と取引を開始したり、より優秀な人材の確保すること、財務的により盤石にすることも可能となります。「買われる側」もまた、「経営上の効率性」を獲得することができると言っても過言ではありません。
今回はM&A、企業のバイアウトにおいて、非常に重要となるM&Aの専門家やアドバイザーについて解説します。
フィナンシャルアドバイザー
通常は証券会社やM&Aアドバイザリー会社が担当します。M&Aプロセスの進行や、デューデリジェンス対応支援などを含むM&Aプロセスの管理、価格や契約の交渉、参考価格分析やフェアネスオピニオンの発行など、M&Aプロセスの全般にわたるアドバイスを行います。
具体的には以下の通りです。
基本的には売り手側と買い手側でそれぞれ別のフィナンシャルアドバイザーを雇い、それらFAがそれぞれを代理して交渉や様々なコミュニケーション、調整を行います。
アドバイザーに依頼するメリット
フィナンシャルアドバイザー(M&Aアドバイザー)に依頼する主なメリットは以下の通りです。
①幅広いネットワークで、相手先を見つけることができる。
②専門性の高いアドバイスを得られる。
③本業の経営や業務に専念することができる。
また、フィナンシャルアドバイザー(M&Aアドバイザー)に依頼せずにM&Aの交渉を行なった場合、利害関係が生じ、深刻な対立が発生しかねません。例えば、売り手は高い金額で会社を売りたいと考えるあまり、重要な事実を隠して売却を進めてしまうリスクなどがあります。
また近年のM&Aブームの波に乗っかって、証券会社や大手コンサルティングファーム以外にもM&Aアドバイザー業務を行う企業が急激に増えました。こうした流れの中で、差別化のためのより専門性の高いサービスや価格競争が生まれた一方で、質の低いM&Aアドバイザーサービスによるトラブルも増えています。
M&Aアドバイザーに依頼する際は、経験豊富なアドバイザーに依頼することが非常に重要です。未熟なアドバイザーに依頼することで、以下のような事態になることが想定されます。
・重要な場面で、的外れな発言をされて、案件における計画が狂う
・あるべき資料を収集しない、必要なアドバイスをしないなどによって、不必要な労力、工数、時間を費やされる
・回答の遅延、資料の紛失などでM&Aの機会を逃す
・情報秘密を守れず、取引先に情報が漏れて、M&Aが頓挫する、あるいは社員や関係者が退職してしまう
M&Aアドバイザーの多くは報酬の大きな部分は成功による、という受け取り方を行います。アドバイザー業務を行う過程においては「これ以上、M&Aの交渉をするべきではない」と判断すれば、成功報酬を失うことがわかっていても、そのことを伝えることができるアドバイザーが望ましいと言えるでしょう。
こうしたことから、アドバイザーは倫理観と信頼性を軸に選定を行うことが大切です。
・候補企業の発掘
・候補企業に対する情報の収集と提供
・基本スキームの策定、バリュエーション、戦略の構築、提案資料の作成
・作業、役割分担などを含んだスケジュールの作成
・契約書など必要書類のドラフト作成
・条件交渉
・M&Aに伴う各種実務手続き上の助言
アドバイザーとの契約形式
ベンチャー企業、その他中小企業が会社を売却することを考えたとき、多くのM&Aアドバイザーに接することで、複数の買い手からオファーを受けることも想定されます。しかし、実際は複数のM&Aアドバイザーが動き、複数の買い手に情報が行き渡ることで案件が出回ってしまう可能性があります。
いわゆる出回り案件となると、優良な案件であったとしても買い手の心理状況がよくない方向に働くため、成約のチャンスを逃してしまうことも少なくありません。なお、アドバイザーを初めて選任する場合はアドバイザーの見極めのためにも期間を3ヶ月〜6ヶ月程度にするとよいでしょう。
契約形態 | メリット | デメリット |
専任契約 | ・アドバイザーのモチベーション向上
・情報漏洩リスクの回避 |
・アドバイザーの能力や相性に問題があった時に他のアドバイザーに契約期間は依頼ができない |
非専任契約 | ・広く相手先を探すことができる | ・アドバイザーのモチベーション低下
・情報漏洩リスクの懸念 |
アドバイザーの着任形式
アドバイザーに依頼する場合の形式は、主にアドバイザリー形式と仲介形式があります。
アドバイザリー形式は、その名の通り、買い手と売り手、双方に別のM&Aアドバイザーが着任する形式です。M&Aアドバイザーはエージェントとして業務を行います。買い手、売り手の立場からすると、自分たちのために働いてくれるため、信頼関係が構築しやすいでしょう。
また、どちらかが上場企業であれば、企業のコンプライアンスや利害関係者に対しての説明を考えた場合、アドバイザリー形式が一般的です。大規模取引や、上場企業のM&Aに向いています。
仲介形式は売り手と買い手の間に同一のM&Aアドバイザーが着任する形式です。M&Aアドバイザーは買い手と売り手の間に入り、常に中立的な立場を守りながら、双方に助言を行います。
アドバイザリー形式と異なり、同一のM&Aアドバイザーが売り手と買い手の双方と直接コミュニケーションを行うため、情報の整理が早く、成約までの期間を短くして、成約する確率を高くするメリットがあります。小規模取引や中小企業のM&Aに向いています。
ただし、仲介形式の場合、M&Aアドバイザーは売り手と買い手両方から報酬を得ます。通常、売り手は少しでも高く、買い手は少しでも安く交渉をまとめたいと考えるでしょう。M&Aアドバイザーの報酬は売買価格を基準に算出される異から、買い手からするとやや理不尽な着任形式と感じるでしょう。
しかし、中小企業のM&Aの場合は友好的に進むケースが多く、アドバイザリー形式ではかえって対立色になるため、制約に結びつきづらいという考え方もあります。なお、アドバイザリー形式で行う場合、M&Aアドバイザーの相性が悪かったり、相手方のM&Aアドバイザーが未熟なことが理由で、交渉が破談となってしまうこともあるため、仲介形式でのM&Aを進めることを希望する傾向があります。

M&Aで検討する資料
M&Aを検討する際、対象企業や対象事業の実態を示す決算書や契約書など各種資料が必要です。以下ではその具体例を示します。
分野 | 内容 |
会社概要 | ・定款
・商業登記藤本 ・株主名簿 |
営業 | ・会社案内、会社パンフレット
・商品カタログ ・沿革 |
財務 | ・決算書、法人税申告書
・直近の月次試算表 ・事業計画書 |
人事 | ・組織図
・経営陣略歴 ・従業員名簿 ・社内規定 |
法務 | ・土地建物の賃貸借契約書
・リース契約書 ・保険契約一覧表 ・重要な契約書 |
その他 | ・不動産登記簿藤本
・固定資産税等課税明細書 ・その他、会社経営上、重要な書類 |
その他専門プレイヤー
以下のプレイヤーを巻き込むのは、多くの場合は大企業などが関わる大型案件になります。どのようなプレイヤーが関わっているか参考として解説します。
法律事務所
法務デューデリジェンスやM&A契約書作成、交渉サポート、買収ストラクチャーの法務的な検討、監督官庁との折衝、独占禁止法対応などM&Aに関するあらゆる法務的なサポートを担います。
会計事務所
財務、税務デューデリジェンスや買収ストラクチャーの会計・税務面からの検討、M&A契約書に関する会計・税務面からのサポート、事業価値評価(Valuation)、PPA(Purchase Price Allocation)を中心とした業務を担います。世界的なネットワークを構築して幅広い業務を行なっている会計事務所は現在、4社あり、「BIG4」と呼ばれています。この「BIG4」はデロイトトーマツ、PwC、EY、KPMGから構成されます。
「BIG4」はいずれも世界150カ国以上に拠点を有しており、会計や税務にとどまらず経営戦略助言、経営管理システム・プロセス改善、リスク管理、内部統制システム改善やITシステム導入支援業務など、幅広い業務を行なっています。
M&Aにおいても前述の財務会計・税務関連業務だけではなく、FA業務、事業に関するデューデリジェンスや事業価値評価のベースとなる将来事業計画シミュレーション支援、M&A後の経営改善・統合(PMI)支援など、様々な分野での支援を行なっています。特に複数国にまたがる事業を買収する際などには、「BIG4」のグローバルネットワークが有用になります。
戦略コンサルティングファーム
経営戦略にかかる助言を行うプロフェッショナルファームです。M&Aを戦術として用いるに至るそもそもの企業戦略の立案支援、M&Aにおけるビジネスデューデリジェンスや事業計画シミュレーション支援などを行います。
その他、不動産鑑定会社や人事コンサルティング会社、ITコンサルティング会社などがM&Aに関わります。