イグジット戦略とは?M&A、IPOにおける基礎知識

  • 2019.01.03
  • M&A
イグジット戦略とは?M&A、IPOにおける基礎知識

はじめに〜イグジットとは何か〜

「イグジット」を直訳すると「出口」です。投資業界では「投資の出口」、つまり株式等を買収した投資家が株式等を売却し現金化することをいいます。欧米では「Harvesting」ともいいます。非上場会社株主の視点でみると「イグジット」は「M&A」と「IPO」と大きく2つに大別できます。なお、厳密には「清算」や「マイノリティ株式の株式譲渡」等も含まれます。

一方「イグジット」は、「イグジット戦略」という言葉があるように、諸事情を考慮して進めていかねばなりません。上場会社の株式ヘの投資家の立場からみれば、インサイダー取引関連規制・TOB規制等も存在することから「法的」な検討が多くなります。

また、売却にあたっての適正株価等の財務的観点やIRの観点等も織り交ぜて検討することも必要となるでしょう。一方、非上場ベンチャー・中小、中堅企業の(オーナー経営者を含む)投資家の立場から見れば、重要な検討課題は大きく異なってきます。

この場合、検討事項の中心はIPOとM&Aの2つの選択肢をどうするかであったり、イグジット時の条件最大化をどう目指すかという観点が中心になります。これらは、検討当事者がオーナー経営者なのか、VC等の外部投資家なのかによっても検討すべき内容が異なります。

以下では、非上場ベンチャー・中小、中堅企業の投資家がイグジットについてどう検討していくべきかという点について、主にIPOとM&Aの相違点にフォーカスを当ててみていきます。

「IPO」と「M&A」における日米比較

まず、ここでは「イグジット」の代表的手法である「IPO」と「M&A」を比較検討してみたいと思います。米国の事例などと比較することで、日本の現状を理解しやすくなるでしょう。

このグラフは、少し古いデータですが、日米のVCが投資をしている投資先企業のイグジット数をM&AとIPOに分けてまとめたものです。日米を比較すると、米国のほうが圧倒的に「M&Aイグジット」の件数が多いことが読み取れます。

ベンチャーキャピタル、IPO、イグジット、M&A

しかし、より目を向けていただきたいのは「M&Aイグジット」件数と「IPO」件数の割合です。米国では、2008年~2009年はサブプライム問題やリーマンショックによりやや異常なほどIPO件数が減少していますが、2010年~2011年を基準に「M&Aイグジット」件数の占める割合をみても、その件数はIPOの10倍近くになっていることがわかります。一方で、日本においてはこの倍率が2~3倍となっています。もちろん、米国では、日本よりIPOのハードルが高く、資本市場で投資家受けのよい企業サイズも日本と比較して大きいことから、M&Aイグジットの件数が増加しやすいという背景もあります。

また、日米のIPO金額やIPOに至るまでの年数を比較しても、日本は米国に比べ、まだまだ規模が小さく、また時間がかかっていることが伺えます。

IPO、ベンチャーキャピタル

もちろん、米国においては巨大案件が平均値を押し上げているという要素は否定できませんが、日本では10億円を超えた金額でのM&Aイグジットでさえ、比較的大きなニュースになるくらいですので、日米では規模感が全く異なるといえるでしょう。

とはいえ、わが国においても、昨今の世論、M&Aイグジット成功事例の増加、それら事例が取り上げられる頻度が増加してきていること、ベンチャー市場の代表格といえるIT関連市場のインフラが整ったことで「隙間ビジネス」が増加したことなど、様々な背景に鑑みると今後M&Aイグジット件数が増加していく可能性は大いにありえます。また、最近の公表データをみても、規模の大きいM&Aイグジットがここ数年、増加傾向にあるといえます。

「IPO」と「M&A」イグジットの相違点

「IPO」と「M&A」について、M&Aイグジットの観点からは実態的にはどのような相違点があるのでしょうか。以下に図を用いて解説したいと思います。

M&A、ファイナンス、企業買収

仮にいま、オーナー経営者が70%、その他株主が30%のシエアをもっている企業を想定します。まずはM&Aイグジットですが、これはシンプルに言えばオーナー経営者が自身の持株を買収者ヘ売却し、その対価を受領するという取引です。これにより買収者は当該会社の70%のシェアを保有する株主となります。

次にIPOについてです。イグジットはオーナー経営者にとっての「投資の回収」を意味することから、IPO時(または後)に株式売却してはじめてイグジットできるということになります。IPO時には「公募増資(新株発行)株数」、r(既存株式の)売出株数」の2つの株数を決めます。

「公募増資」は、IPOの主目的ともいえるもので、一般投資家向けに広く増資を募り、多額の資金調達を実行することを意味します。当然その対価は「オーナ一経営者」ではなく「会社」に対して払い込まれます。

一方、「売出し」は、IPOの公募と同時に、オーナー経営者やVCなどが、その保有すゐ株式の一部または全部を売却することを指します。この場合にはじめて「会社」ではなく、「既存株主」が売却対価を受領できます。これがいわゆる経営者にとっての「イグジット」、「創業者利潤」と言われるものです。なお、これらの株式数の詳細等はIPO時に一般に公開される「目論見書」をみればわかります。

IPOにおけるオーナー経営者のM&Aイグジットとその意味

IPOの際には、オーナー経営者も「売出し」を行うことで、いわゆる「創業者利潤」を手にすることができます。しかし、実態としては、べンチャー企業を創業し、一定のシェアを保有するオーナー経営者は、通常その保有株の売却には慎重にならざるをえず、大きなその理由は、「IPO」という仕組みを理解すると明らかになります。

IPOにより企業は、個人の力に依存した会社(プライベートカンパニー)から、社会の力で経営される会社(パプリックカンパニー)になります。言い換えると、会社が社会の公器となり、広く投資家、つまり社会から資金を募ることで、成長戦略を実行に移し、投資家の要求リターンに応え、それらによって社会ヘ価値貢献することが期待されます。

それゆえに、IPOをする会社のオーナー経営者には、「投資家に対する責任」「社会に対する責任」がより重くなります。また、同時にオーナー経営者自身が市場から資金を募る際には、自社の企業価値が今後さらに向上していくことを市場に伝える必要があります。

そんな中で、たとえばオーナー経営者がIPO時に全株式を売り出すとなったら市場(一般投資家)はどう思うでしようか。必然的に、市場(新規投資家)は「このオーナー社長は今後の成長に自信がないのでIPOのタイミングで売り抜けようとしているのではないか?J「オーナー経営者が株式を全株売却する選択をしている会社に対して、自分たちが投資をするべきなのか?」という反応になります。

もっと悪いケースでは「経営陣は悪材料を知って売却したのではないか?」という声が上がり、印象悪化だけの問題にはとどまらない場合もあります。もちろん、オーナー経営者が株式を売り出すことは可能です。しかし、一定以上の大きな割合の株式の売出し(イグジット)には、主幹事証券会社等の意向や各種規制、前述の実態等もありー定の制限がかかります。

よって、M&Aイグジットと異なり、すぐに全株式分の売却対価を得るというのは難しくなります(ただし、上場して一定期間経過後に「処分信託」などを利用して売却する方法はあります)。

なお、「安定株主が占める議決権比率の維持」も重要な論点です。オーナー経営者が大幅な売出しをした場合、「安定株主」らの議決権比率が低下してしまうことで、経営の安定性が損なわれることがあります。また、逆にオーナー経営者が「売出し」をしなければならないケースがあるということも付け加えておきます。上場審査基準の中には、「流通株式数」等の基準もあります。これは市場に流通させなければならない株式数や株式比率を決める基準です。このため、上場前にオーナー経営者やその他安定株主の保有するシェアがあまりに高い場合、オーナー経営者の売り出しが必要になることもあります。

オーナー経営者によるイグジット戦略〜M&AかIPOか〜

以下ではオーナー経営者の立場から自社がIPOをすべきか、M&Aイグジットをすべきか、どのように判断するべきかの基準を考えたいと思います。以下の項目のうち、7個以上が「Yes」であれば、上場に向いていると言えるでしょう。

⑴事業モデルとして、売上高50億円以上を狙える市場にいて、かつ成長にあたり10億円以上の資金または上場による信用力が必要となる。
⑵中長期(5~10年以上)に渡って、その会社を継続し社会に貢献したいという意欲がある。
⑶中長期(5~10年以上)に渡って、会社を継続し、拡大する自信がある。
⑷上場以外に大きなシナジーを得られたり、条件に魅力的な買収提案は他にはない。
⑸現時点で外部環境や戦略上の誤りなどはなく、市場での拡大が確実に見込める。
⑹業績悪化や資金管理ミスなどはなく、デフォルトなどの兆候もない。
⑺「自分がオーナーである」ことが重要で、外部に左右されない経営がしたいという訳ではない。
⑻上場企業の社長として、表に出ることに魅力を感じる。
⑼VCや他の株主からはIPOを期待されている。
 ⑽営業利益で1億円を超えており、一定の成長余地がある。

M&Aイグジットのタイミング

一般的に、相対的に高額なM&Aは、以下の4つの特徴がそろっている時期に実行される傾向があります。

〈高額なM&Aイグジットが成功しやすい時期〉

①市場が楽観的(高株価市場)で景気がよく、買収者側の企業経営者も楽観的なとき
②金利が低いとき(買収者側に資金が供給されることによる)
③競合会社が積極的なM&Aを実施しているとき
 ④当該市場について市場参加者の期待が大きいとき

これらは、M&Aイグジットにとって重要な外部環境といえます。しかし、M&Aイグジットの時期を考えるうえで外部環境と同じくらい重要なのは、「自社にとっての売却すべきタイミング」です。

このタイミングを逃すと、買収者候補が限定される、シナジーを発揮しうる適切な買収者候補と交渉できなくなる、理想とする評価額をつけてもらえない、交渉上の優位性が弱くなる等、様々なことが起こります。

最悪の場合、「売却せざるをえない」状態になるまで動けないという事態にもなりかねません。「売却せざるをえない」状態とは以下のような状態が典型です。

〈会社を売却せざるをえない状況〉

①経営状況の悪化(成長の停滞ないし減退)と事業承繼問題が組み合わさった状態
②資金像が悪化し、外部資金調達が不可能になった状態
③競合等との差が大きく開き、単独成長が困難とみられる状態
 ④VC等の外部投資家が売却を強く希望し、共同売却の提案をされるような状態

こうなると、売却者側の交渉力が非常に弱くなってしまいます。「自社にとっての売却すべきタイミング」を誤らないためには、次の3つの要素に注意を払うことが重要です。

①自社の業績推移の観点
②自社の属する事業の市場環境の観点(売り手市場か否か)
 ③自社の資金繰りの観点

自社の業績推移の観点

自社の業績が下降傾向にある場合においては、買収側としてはより価格を引き下げようという姿勢が強くなります。

一方、売却のタイミングを成長段階(成長の指標となるのは必ずしもキャッシュフローである必要はなく、事業上の重要指標でもよい)または安定段階におくことで、M&Aイグジットに成功する可能性が高まります。

ただし、企業価値評価の観点では成長率が高くても、「成長率が高い」=「将来FCFの不確実性が高い」とみなされ、必ずしもプラス評価につながらない場合もあるため注意が必要です。

DCF法等の主要な企業価値評価法では「FCFの安定性」も算定価値を大きく引き上げる要素となります。つまり、成長が継続し、その成長予測が客観的に確実性が高いと認められれば認められるほど、高い評価ヘつながるという点は押さえておくべき重要なポイントです。実務上、論理的には「確実性はまったくわからないが、成長したら驚くほどの数字が見込める」という説明では高い評価額を算出しにくくなります。

自社の市場環境の観点

企業価値評価法には、類似会社比較法やDCF法など様々な手法があります。これらは多くの場合、ダイレクトに外部環境の影響を受けます。たとえば、市場の類似会社がPER50倍で評価されている時期とPER20倍で評価されている時期があるとすれば、前者の時期の評価のほうが高くなりやすいといった関係性があります。

また、2010年前後のスマートフォンゲーム市場のように、競合企業が買収に積極的なときは売却の好機といえます。他社によい買収対象会社を奪取されぬよう、マルチプル(倍率)を高めてでも買収しようという動きになります。このような状況は半年単位で変化することもしばしばあります。

需給で成り立つM&A市場においては外部環境の変化を見逃さないことが売却戦略を考えるうえで重要となります。なお、好業績企業が多い業界においては、上場しているプレイヤーの時価総額も高くなっているので、買収側も買収資金を確保しやすくなります。潤沢な資金があれぼ、買収競争に負けることによる機会損失を防ごうというインセンテイブにもつながります。

また、より単純に考えると、上場している買収者側企業のマルチプルが非常に高ければ(たとえばPER100倍)、それよりも相当低いマルチプル(たとえばPER20倍)で対象会社を買収するだけでも時価総額の向上が計算上は図れるともいえます。

対象会社の税引後利益が2億円であれば、20倍のマルチプルでは100%買収には40億円の現金が必要となりますが、買収後に自社の連結利益が2億円上乗せされれば、自社のマルチプルで考えると論理的には200億円の時価総額向上効果が得られると考えることもできるからです。

これらの理由から市場環境がよい場合は、買収しやすい土壌が生まれているといえるでしよう。

自社の資金繰りの観点

売却者としては、業績や資金繰りが悪化し、倒産リスクが日に日に高まっていることが認譏できるような状態になると、二束三文の評価額でもいいから早期に売却したいと考えるようになることも多いようです。このような悪い未来を交渉当事者双方が想像せざるをえない状態になってしまうと、当然に売却側の交渉力が弱くなります。

したがって、「夕イミング」はとても重要な要素といえます。IPO等の大きな目標をもつオーナー経営者は、概してM&Aのアクションを起こすタイミングが遅れる傾向にあります。その意味では、一定の規模に成長した企業のオーナー経営者がM&Aイグジットの実態を理解し、知識をつけておき、常に正しい判断ができるように準備しておくことは重要なことです。

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