プロセスから考える企業バイアウト実践論〜個別相対方式と入札方式〜

  • 2019.01.03
  • M&A
プロセスから考える企業バイアウト実践論〜個別相対方式と入札方式〜

企業売却においてはM&Aニーズのあるクライアントに対して、ファイナンシャルアドバイザー(FA)などの専門家が最大限のサポートを行なってくれますが、実際の実務フローはどのようになっているのでしょうか。もちろん、「FAに全てをお任せ」という訳ではなくM&A実施企業(クライアント)サイドも様々な対応を行う必要があるため、その全体像を把握する必要があります。以下では、主に個別相対方式と入札方式に分類してバイアウトのプロセスを解説します。

売却手続きの一般的な流れ

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これはごく一般的な株式譲渡によるM&Aイグジットのフローです。しかし、実際に以下の事例のように様々なケースがあります。

よくある、その他のM&Aプロセス例

買収者から直接アプローチされ、売却者も条件に大枠納得し、そのまま上記⑦のプロセスヘ進むケース。その場合、売却者としては他の買収者候補ヘの打診をせずに相対交渉となるケースもあれば、改めて他の買収者候補ヘ打診する場合もあります。

会社分割等の組織再編のケースでは、その種類により複数の手続きが追加的に必要になります。また、それらの中で株主総会で承認を要するものがあります。さらに、債権者保護手続き等の「法令の定めによりー定の期間経過が必要な手続き」が必要な場合があります。

企業規模の大きい企業同士のM&A取引の場合、独占禁止法の規制に抵触する可能性があり、公正取引委員会ヘの届出等が必要なケースがあります。

また、上場会社が当事者となる場合には、取引所ヘの事前相談等が必要になるケースもあります。これらの場合も相当の期間を追加して想定しておく必要があります。

対象会社が上場会社等である場合には、TOB規制およびインサイダー取引規制の影響を受けることになります。この場合、非上場会社の買収とは求められるプロセスが大きく異なることとなり、相当の期間を想定しておく必要があります。

合併等の対象会社が2社以上存在する場合、合併会社が他方を評価するのみならず、被合併会社も合併会社を評価することで最終的な合併比率が決まることから、双方が相手企業の評価をする等のプロセスが入ります。

買収者側が買収ファイナンスを行う場合(LBO等による買収のための資金調達を行う場合等)、銀行ヘの情報開示、行内稟議等を経るプロセスが必要となります。

この場合、買収者によるDDが終了し、DD報告書が完成した段階で初めて銀行に対して詳細な情報開示がなされることから、DD実行後に相当の期間(最短で1~2ヶ月程度)を想定しておく必要があります。

また、買収者側が銀行から確実に買収ファイナンスを調達できるよう、売却者側も相応の協力が必要となります。

会社更生法や民事再生法等、法的整理等に則った手続きの中でスポンサーを得ていく場合は、多くのケースにおいてFAが起用され、スポンサー(買収者)選定にかかる入札手続きが行われます。

また、銀行等にも交渉状況を共有したうえで進める必要があり、銀行向けの説明手続等が必要となります。

このように、M&Aイグジットや会社売却という単語ひとつとっても、様々なケースがあります。

個別相対方式と入札方式

売却プロセスを戦略面から考えてみます。ここでは売却手続きを「個別相対方式」、「オークション方式」と2つに区分しています。

個別相対方式

個別相対方式では基本的には1対1で交渉していきます。そのため、面談を重ねることで買収者候補に対象会社の理解を促していくという流れとなります。

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メリット
・事業の妨げなく最小限の負荷で交渉できる
代表的なメリットとしては、本方式が原則として1対1の交渉であることから、最小限の負荷で進めることができる点が挙げられます。
多くの買収者候補に打診する場合に必要となる資料準備やスケジュール管理等、煩雑かつ負荷のかかる事務手続きが軽減できるからです。

・情報の拡散を最小限に抑えられる
M&A取引における情報の拡散防止は、注意してもしすぎることはありません。情報が拡散すると、買収者候補から「出回り案件」であると認識され、それだけで深く検討する価値がないと判断される場合もあります。

「出回り案件」は、多数の買収者候補により検討されたにも関わらず、まだクロージングしていない案件ともいえ、「深くDDするとリスクが発見されるから誰も買収しないのではないか。そうであれば検討コストをかけるのはリスクだ」と判断されがちなのです。

また、売却が失敗した場合を考えても、可能な限り情報拡散していないほうが安心です。

・早期のクロージングが実現できる可能性が高い
最小限の負荷で交渉できるということは、準備や取引にかかる時間が短縮できるということも意味します。

入札方式でも、買収者候補が「早期に意思決定しないと他社に買収されてしまう」と考えた場合は、きわめて早期の短期クロージングが実現する場合もありますが、一般的には個別相対方式のほうが検討スピードの速い相手であれば時間短縮が図れる可能性が高いといえます。

・難度の高い案件の場合に実施しやすい
業績や財務状態が芳しくない対象会社の場合、広範に入札募集をしたところで1件も入札がなされないということもしばしば起こります。一見して状態が芳しくない対象会社の場合、浅い説明と外形的な情報のみでは魅力が伝わらないからです。このような場合、対象会社の芳しくない点を如何によい点でカバーできるかということ等を、事前に深く検討したうえで特定の買収者候補に伝えていくという方法が有効に作用する場合があります。

また、スキームについても特殊なスキームも含め十分協議する時聞をもつことが可能となります。それらの結果、特定の買収者候補に「たしかにそれなら買収する意味がありそうだ」と考えてもらうことができれば、入札方式で進めた場合には成立しえないような取引でも成立しうるということもあります。

・買収者側とシナジーについて余裕を持って深い議論ができる
1社または数社の買収者候補に対して集中的に時間を費やすことが、幅広く打診する入札方式よりも有効に作用する場合もあります。対象会社の魅力を最大限にアピールしたり、M&A取引後のシナジー創出戦略等についても1対1で十分に事前議論を行うことが可能となるからです。

これにより売却希望金額の根拠について理解を促すための説明等も重点的に行うことができます。ただし、著者の個人的な感覚としては、やはり完全に1対1の個別相対方式ではなかなか売却者側の交渉力が強くならないため、よい結果を生まない場合のほうが多いといえます。

そこで、入札日を設定するなどー般的な入札方式の形態はとらないまでも、相対方式のプロセスを踏襲しながら数社と並行して交渉するといった方法が現実的な選択肢としてとられる場合もあります。

・組織上の親和性等を十分に協議、確認のうえ進められる
個別相対方式では、交渉の初期段階から特定の買収者候補と深い協議が可能となります。このことは組織上の親和性や役職員の進退または会社の将来像についての擦り合わせ等を初期段階から深く協議し、売却者側もある程度明確なイメージをもちながら交渉を進めていくことにつながります。そのような点は、幅広く入札させ、ある程度厳密なスケジユールのもとで進めていく入札方式とは大きな相違点といえるでしょう。

入札の場合は、そういった議論がデイール後半にずれ込みます。

デメリット
・売却条件が売却者に不利になりやすい
原則として、個別相対方式は入札方式に比べて売却者に有利な条件で売却できる環境を醸成しにくいという点が最も重要な課題です。本方式の場合、特に買収者候補が1社である場合は、その会社が検討を中止するとM&A取引自体が終わってしまいます。特に売却者が売却を急ぐ理由があれば、このことは交渉力の低下に直結します。

・公正性、客観性の観点では入札方式に分がある
本方式は法的整理等による再生フェーズにおけるスポンサー誘致、出資者の存在する投資ファンド等の投資先売却、上場会社子会社の売却等、プロセスの透明性や公平性が求められたり、妥当な価格で売却したことを第三者に説明すべき場合は不向きといえます。

入札方式

入札方式ではプロセスレター等により厳密に売却プロセスの農細を定め、多数に打診をすることで売却価値の最大化を目指します。

通常、事前に定められる入札日、入札の方法、入札条件、全体のスケジュール等に沿って、人札できる買収者を対象にプロセスを進めていきます。多数ヘの打診を基本とするため、極力、面談を回避してIM等の書面のみで買収者が初期的判断できるよう、資料作成に手間をかけます。

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メリット
売却者に有利な条件で交渉できる環境をつくりやすい

入札方式の最大のメリツトは、売却者にとって有利に交渉が進められる可能性が高い点です。通常の商取引でもー定以上高額、かつ希少性が高く相場判断が難しい商品の販売は競売で行われることが多いですが、これはM&Aの世界でも同じです。

多数の買収者候補を擁立することができれば、対象会社が魅力的であればあるほど、それぞれの買収者候補は他の買収者候補に負けないような「売却者にとってのよい条件」を提示しようと努力してくれるものです。

買収者候補が、競合に対象会社を取得されると将来の自社の事業計画に大きな悪影響が発生しうると考えた場合には、一層、売却者にとって有利になります。

さらに、売却プロセスも必然的に売却者サイドがコントロールすることとなるため、プロセス設計次第では、ここでも売却者に有利な環境を醸成することが可能となります(売却者が受諾不可能な条件をあらかじめ整理し、当該条件を要求する買収者候補は入札ができない旨を入札条件として設定することで、交渉の初期フェーズで重要条件の調整を図る等)。また,M&Aの世界でも案件サイズに反比例して「数打ちゃ当たる」といった論理が働く要素が強まることも事実で、多くの買収者候補ヘの打診は競争環境の醸成以前にそれだけでもメリットがあるといえます。

・売却条件の公正性、客観性が確保されやすい
入札方式によって売却が実現したということは、それを主導した者が株主価値最大化や
公正かつ透明な売却プロセスの実現について最大限努力したことを主張しやすくなります。

売却者=対象会社の100%株主であれば、このような主張を第三者にすべき必要性は低いといえますが、上場会社が子会社を売却する等のケースにおいては、こういった主張ができることが売却者側のマネジメントにとっては重要になります。

なぜなら、売却者である上場会社の取締役らは当該上場会社の株主にこれらの事項にかかる説明責任を負うことになるからです。もちろん、建前だけでなく入札方式が実際に株主価値最大化ヘつながる点はすでに説明したとおりです。

・予期せぬ良好な買収者候補が現れる可能性がある
複数の買収者候補に対してー定程度幅広く情報開示することになるので、予期せぬよい買収者候補が現れる可能性もあります。異業種の買収者候補がきわめて良好な条件で対象会社に関心を示してくれる場合もあります。M&A取引では、打診してみないと買収者候補の興昧、関心レベルはわからないものですから、この点では一定程度広範に打診する意義は大いにあるといえるでしょう。

デメリット
・情報拡散の恐れがある
当然のことですが、広範に打診すると情報漏えいリスクは上がります。この点は入札方式の典型的なデメリットです。

・買収者候補が「競わされている」と感じ心理的軋轢が発生する可能性がある
買収者候補側が「競わされている」という気持ちになり、相互に心理的な軋轢が発生することがあります。

買収者候補の経営陣と売却者がすでに知り合いで仲がよいという場合等に「なんで他に話をもっていくんだ」という趣旨のことをいわれたという事例もあるようです。

・買収者側が不慣れな場合、円滑に進まない恐れがある
買収者側がM&Aに不慣れな場合、入札方式を経験したことがないことも多く、円滑に進まないこともあります。そこで、入札を取り仕切るFAにより結果が左右されがちとなります。

・レベルの高いアドバイザーを選定する必要がある
入札方式による会社売却はー定の専門性が求められます。少なくとも、売却者側のアドバイザリー業務の経験がない担当者にあたってしまった場合、入札のメリツトを最大限生かすことができず、逆効果になる場合(情報漏えい等のマイナス面のみが発生する等)さえあります。優秀なアドバイザーにうまく出会えなければ有効な施策となりにくいという点は、入札方式のデメリットともいえる点でしよう。

なお、仲介会社のように売却者側、買収者側の双方から報酬をもらう会社は、売却者側の利益最大化を目的とした本来の入札プロセスを仕切ることは契約上、不可能に近いといえます。

・準備に時間と労力がかかる
IM、プロジェクションまたはプロセスレター等、入札方式に必要な資料は相当量あります。これら準備に時間も労力もかかる点は入札方式のデメリットとなります。また、複数の買収者が絡む以上、これらの調整という面でも、個別相対方式に比ベてー般的にはクロージングが長期化するのが通常です。ただし、時間はかかるものの、スケジュールはコントロールしやすいといえます。

・難易度の高い売却案件の場合、候補者が現れない場合もある
個別相対方式では1社と深い協議をするので、対象会社の芳しくない点とともに魅力的な点や考えられるシナジー等も初期段階で深く買収者候補に伝達できます。

一方、入札方式では、すべての買収者候補にそういう時間を割くことはできません。難易度の高い売却案件の場合、入札が1件もないということが起こりえます。個別相対方式であれば、各種資料の準備にかかる負担も軽く、また入札日を待っことも不要なため、協議しても特定の買収者候補が関心を示さなければ次の買収者候補ヘ打診していけばよいということになります。

しかし、入札方式の場合、入札日までは結果が明確にはわからないため、多大な時間と労力をかけて1件も入札がなされないという状態も起こりえます。

どの方式を選択すべきか?

では、実際にM&Aイグジットを進める場合、個別相対方式と入札方式ではどちらの方式を選定すべきでしょうか?これは、機械的な判断は難しく、以下のような様々な要素に注目して選択するのが妥当といえることが多いでしょう。

<個別相対方式の採用を積極的に検討する要素>

対象会社、事業の規模が極めて小さい場合(入札方式による取引コストの観点から)
利益額も小さく事業内容が複雑で、詳細な説明をせずには価値訴求しにくい場合
業績推移に深い説明を付加しないとリスクばかりが目立ち、魅力が訴求しにくい場合
特定の魅力的な買収者候補が存在し、他では考えにくい場合
売却者が買収者との相性を事前に十分に理解しあった上で深い協議を進めたい場合
本格的な入札方式による売却プロセスの前に売却可能性をリサーチしたい場合
業績悪化傾向が顕著な場合
 極めて短時間で進めるべきトランザクションである場合

<入札方式の採用を積極的に検討する要素>

価格を含めた売却条件最大化が最優先事項である場合
高水準の営業利益が継続的に出ている場合等、興味をもちそうな買収者が複数存在することが明かな場合
売却価格の公正性、客観性を求められる場合
時間をかけることができる場合
 信用できるアドバイザーが周囲に存在する場合

なお、繰り返しになりますが、個別相対方式と入札方式に明確な定義があるわけではなく排他的な関係でもありません。したがって、ある程度それぞれのメリットを生かした形でこれらの中間的なプロセスを設計するということも可能となります。

M&Aのプロでもない限り、アドバイザーを起用しないで厳密な入札方式によるプロセス進行をするというのはなかなか難しいことでしょう。

しかし、どの程度の数の買収者候補に打診をしていくのかを決定し、それぞれの買収者候補から出てくる希望条件を取りまとめ、どのように最終的な買収者を決定するのかという点を考えてプロセスを設計していけば、入札方式のメリットをー定程度生かしたプロセス設計をしていくことは可能です。

たとえば、条件提示期限を決めて、それまでに複数の買収者候補に検討してもらうと取り決めるだけでも効果的な工夫になりえます。

なお、アドバイザーを起用しないということは打診した瞬間に買収者候補に対象会社名を伝えるということになります。したがって、こういった情報リスクにかかる観点等も考慮して打診する買収者候補の数も検討していく必要があるという点には注意が必要です。

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