実践型AIプログラミング特講 番外編appleが提唱するデジタル教育とは#29

実践型AIプログラミング特講 番外編appleが提唱するデジタル教育とは#29

今回は前回に同様にappleが提唱する教育のあり方についてご紹介していこうと考えております。子供の教育のあり方ベースにご説明しているので腑に落ちない方も多い方も多いと思いますが、今後皆様がITシステムやその基盤を生業とされる、もしくは既に職とされている方にも近い将来IT人材を育てる立ち位置になった時や家庭を持った時に子育てをする際に大変役に立つコンテンツになると思います。最後まで一読していただけたら幸いです。前回の記事をご覧になっていない方はこちらをご確認ください。

修正と交換ではうまくいかない

教育の改善で最も多いのが、限定的かつ短期的な処置の適用です。エジソンの教育映画もこの一例といえます。このような処置は、特定の要素に統って改善しようとするときによく使われます。教育映画は、学習の楽しさや面白さを高めようとした。いまは「解説動画と呼ばれるアニメーション教育動画がその役割を果たしています。退屈な授業の内容をドキュメンタリーをアニメーションに変えたとたん、授業が面白くなります。

そういう動画が面自く友好的になるのは確かですが、導入されるようになって何十年もなっているというのに、学機を通じての教育のあり方を大きく変えるにはいたっていません。教育に関して修正が必要な部分は、ソフトウェアの世界で「バグ」と呼ばれるものに相当します。コンピュータのバグはコードの誤りを意味し、システムに思いがけない動作を起こさせます。修正するには一からプログラムを書き換えることもできるが、あまり効率的ではないです。

だからエンジニアは、「パッチ」と呼ばれる小さな修正プログラムで応急処置を施します。これと同じことが教育の場でも行われています。教育のバグが見つかったとき、パッチで応急処置をするのが手軽で簡単です。システムそのものを修正するのは大変だが、テストの回数を増やす、一クラスあたりの人数を減らす、カリキュラムの構成を変えるといったことならすぐにできる。誤解しないでもらいたいが、応急処置は必ずしも悪いことではありません。鼻血が出て手近にティッシュがあれば、出血を止めることにはならないとわかっていても、誰だって手にとって鼻に詰めるでしょう。教育の応急処置が無意味だと言いたいのではありません。できることは限られるということです。

しかもその手の努力は、効果の有無がほとんどわからない程度の小きな修正で終わることが多いでしょう。パッチでは小さすぎて、教育の根本的な問題はほとんど修正できません。それがデジタルネイティブの直面している問題となれば、なおさらです。パッチの次に多いのが、極端な提案です。要は、公教育はシステムとして破綻しているので、公的な規制を受けない私立学校やチャータースクール、オンライン教室といった、まったく別の何かに交換する以外に道はないという考え方です。テクノロジーの世界でいうなら、コンピュータをまるごとゴミ箱に入れて新しいものに買い換えるのに等しいといえます。だがそんなことをしても当然、数年もすれば時代遅れになる可能性が高いと言えるでしょう。事実、テクノロジーの世界では「ムーアの法則」と呼ばれる考え方が周知されています。

この法則によると、テクノロジーが変化するスピードがあまりにも速くなったため、いまや新しいコンピュータの処理速度はヵ月で何と2倍も速くなる、変わるのは処理速度だけではありません。実際には技術に関するありとあらゆることが、とんでもないスピードで変化を遂げています。スマートフォンやタブレットなどの最新モデルをようやく手に入れたと思ったら、その翌年にはモデルチェンジした機種が発売されたという経験は、一度や二度ではないでしょう。最新のハードウェアについていくのは大変だ。それにお金もかかります。教育の場合も同じです。ほぼ毎年のように、現行の教育シスチムを捨てて一 から新もいものを始める必要があるとの声があります。

近年では、私立学校など別の教育モデルのほうが優れているとして、公教育そのものの見直しが求められるまうはなりました。確かに、成功を収めている教育モデルはあるが、実際のところは取って代わろうとしている現行のシステムと大差ないものがほとんどです。それにテクノロジーと同じで、複雑で費用もかかります。新たな提案が現行システムより実際に「優れている」という保証はどこにもありません。ただ単に「違う」だけの場合もあります。残念ながら、システム上の問題を個別に修正することも、現行システムとほぼ変わらない別のシステムに交換することも、現実的な選択肢ではありません。なにしろ、私たちが暮らす世界は絶えず変わり続けていくでしょう。社会が変わり、リーダーシップのあり方が変わります。家族のあり方が変わり、子供たちが変わります。そして、人が期待することも変わります。これらの変化は「教育におけるムーアの法則」の一種だといえます。テクノロジーが発達するスピードの加速に伴い、新たな世代が生まれるたびに彼らの親世代とは違う世界になり、ニーズも当然それぞれの世代で異なるこの問題を本気で解決したいなら、そのときどきの世代について知り、その世代にふさわしい、その世代に即した教育に変えるしかありません。

教育をリワイヤリングする

教育はコンピュータと同じで、そのときじきの世代のニーズを満たす用意のあるシステムが必要です。いまの時代なら、デジタルネイティブがその世代に相当する。また、変化に応じた教育システムを設計、開発し、実際に導入して実行に移す能力や敏捷性を備えたリーダーも必要です。これまでのところ、そうしたシステムもソーダーも生まれていない。現行の教育システムは、その大部分が時代遅れでズレています。システムをよりどころとするユーザー(生徒と教師の両方)のニーズを満たそうと必死にもがき続けています。修正(パッチでの応急処置)や交換(一からやり直し)では、教育システムの問題は解決しません。本当に必要なのはリワイヤリングです。教育のOSを、生徒、教師、親、社会がうまくつながるように、学校が創造性や独創的な思考を育める場所になるように更新することが必要です。変化に適応するには、すべてが台無しにシグするしかありません。受け身主体の教育から参加なることを恐れずにシステムをリワイヤリングするしかありません。受け身主体の教育から参加主体の学習へ切り替えるのだと思います。「教育のリワイヤリング」は、いまの教育が直面している最大の難関への挑戦です。学習に関するリサーチと最新テクノロジーを活用して、いまの生徒一人ひとりのニーズに即して学習体験をパーソナライズ化する必要があります。そのためには、子供や子供を教える立場にある人のやる気の出させ方、鍛え方、能力の引きだし方、能力の測り方、評価の仕方に対する考え方を改めることが必要です。子供が学習し成功する可能性は無限にあるということを理解し、その可能性を解放するのです。私は教育システムのことになると、少々厳しい態度になってしまうでしょう。だがそれは、教育のことを、 少なくともそこに秘められている可能性を心から大事に思っているからです。アメリカの教育システムは、世界でも最高峰だと思っています。しかし、それはあくまでも一部の子供たちにとってであり、私はすべての子供たちにとって最高の教育システムになってほしいと願っています。残念ながら、私が子供のとに強いられたシステムはいまだ健在で、それが多くの不平等を生んでいます。この世に改善できないものはひとつもない。たとえ満足しているものであっても、改善できる点は必ずあるでしょう。興味深いことに、改善を免れている教育システムの欠陥は、偶然できたものではありません。目的を持ってシステムに組み込まれたものなのだと考えています。

 

結び

いかがでしたでしょうか、今までの実践型AIコーディングと打って変わってITのリテラシー観点の話をさせていただきました。前回の記事の冒頭でも述べさせていただきましたが、どの分野においてもスキルを高めてプロフェッショナルになることは大切なことですがそれを活かせるプラットフォームや社会課題をそれぞれのエンジニアが持っているか持っていないかによって仕事に対する考え方や進行が大きく変わってくると考えています。ぜひ、この類の話には常にアンテナを貼って情報をキャッチアップしてみてはいかがでしょうか。

 

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